日本の亀卜の里、対馬に行ってきた。家のご先祖、対馬藤原神宮を訪ねたが、厳原の八幡神宮の宮司も藤原は知らないと。1200年代に藤原親光が国司としていたらしいが、神宮は無いと言う。僕の先祖を探す旅は頓挫する。が、古代、亀卜や占いの中心地が対馬であることに気がつく。701年大宝律令の時、朝廷には20人の亀卜師が招かれる。対馬10人、壱岐5人、伊豆山5人とある。400年近い奈良平安時代は占い師による政治、経済、人事だった。中臣がその祭事をつかさどる。藤原は中臣に始まる。そうか僕の先祖は占い師か?鹿の肩骨を焼いて割れ方で時代を占ったと言う。なんか似ているね。